巷では様々なニュースが飛び交っています。2万人を超える死者のトルコの大地震、フィリピン入管施設を拠点とした詐欺・窃盗・強盗殺人の組織、マスクを外すか否か、ガーシー議員の懲罰・・・。それに流されているとコロナの分類の件やら、旧統一教会の件やらがフェイドアウトしていくかのようです。私はこれをメディア病と呼びます。日常がリアルタイムの報道に無意識に支配されてしまう傾向のことです。もっと広い目を以て過ごすよう努めていかなくてはいけませんね。
境内の梅が次々と見頃になりつつあります。八重咲で小型の「蝶の羽重ね」が開きました。また、一昨年幹を半分にした「鹿児島紅」も負けじと吹き出したひこばえに濃い赤の花をつけました。本来は早咲きの種類ですが、荒療治で本調子ではないようです。数年先には賑やかな枝ぶりにもどるでしょう。
「梅」カテゴリーアーカイブ
梅便り 令和5年如月11日
梅便り 其の三 睦月24日
梅便り 令和4年弥生15日
梅便り 令和4年弥生11日
東日本の大震災から11年、当社では当初支援のための物品販売として、陸前高田市で被災を免れた炭焼き釜で竹炭を作る仙人のような方(紹介者の知人いわく)と繋がり、仙人が焼いた竹炭を岩手の内陸の方々が置物などに加工したものを送ってもらい、社頭で販売。売り上げを被災地の災害対策課へ送りました。その後、悲しいことに竹炭の原材料となる現地の竹炭が汚染物質を吸収してしまうことが判明して中断。汚染された土で翌年に育つ新しい竹は使用できなくなってしまいました。
そこで考案したのが「日待ち梅」でした。宝飾品のデザイナーをしている巫女のOBにより当社の社紋を銀
で製作してもらい、パッケージデザインなどを職員と話し合い、紫外線で変色するビーズ玉を加工する業者を見つけ、販売開始から7年ほど経過。最初の2000個(最低ロット)は順調に売れて、60万円を送金することができました。しかし、国内では次々に自然災害が起こります。熊本地震、九州・四国の豪雨など支援を必要とするところは目白押し。当然です。災害列島という宿命を背負う日本ですから。メディアは新しいニュースを次々に報じます。そして淡々と着実に、苦しみなが
らも復興に向けて歩を進める現地は報じられなくなり、それと共に支援のエネルギーも分散と風化が進んでしまうのも仕方のないことかもしれません。ましてや現在進行形でウクライナの国民が殺害されています。ここまでぶれずに販売してきた私の気持ちさえ揺れています。
2回目の2000個も少しずつですが売れています。11年という節目の今日、日本のみならず世界の平和を祈りつつ、自分にできる範囲でやっていこうと気持ちを修正しています。
愈々桜を予感させる色の豊後系が咲き、社殿脇の「満月枝垂れ」も降るような花をつけて賑やかになってきました。残すは「ひなあられ」と「楊貴妃」のみ。今年は全体的に梅が遅れたので、ソメイヨシノの開花とかぶるかもしれません。
梅便り 令和4年弥生5日
春一番でしょうか、午後から春風が境内で暴れています。咲き終わりが近い梅に容赦なく吹き付けて花びらが舞い落ち、地面を流れています。梅にとっては想定内の洗礼なのかもしれません。想定外な独裁者の他国侵攻とは大違い。21世紀に侵略戦争が起こるとは、まだ現実として受け止めきれていないような感じもしますが、世界的に凶悪な国になってしまったロシア国民は、いったいどんな心持ちでしょうか。民族的にも兄弟のような国と戦い、恥ずかしい、情けないと嘆きつつ、怒りを政府にぶつけようとしても、逮捕され罰せられる法律まで作られてしまっては身動きもとれません。情報統制する独裁政治とは恐ろしいものです。
品種の思いのままが、ようやく思いのままらしさを見せ始めてくれました。こちらは決して彼のような身勝手な思いのままではありません。
梅便り 令和4年弥生1日
とうとうロシアは武力を使ってしまいました。この21世紀では、国同士が戦う道具を武器という物理的なものですることは、勝手なイメージかもしれませんが、私は有り得ないものと思っていました。原始人が太い棒で殴りかかるのと何ら変わらない幼稚な行為だと。そして陣取りとテリトリーの拡大。世界は、殊に大国は飽和状態になったと思って
いたのですが、やらかしてしまう前時代的なリーダーもいたんですね。
東京は急に春めいてきました。今年の梅は早咲き組が遅れたせいで、遅咲き組と時期がかぶりそうです。例年より10日以上遅れて白加賀が咲き始めてまだ三分咲きくらいですが、にわかに暖かくなったせいで旧社殿前の飛梅や鳥居脇のおもいのまま(品
種)がほころび始めています。最も株数が多い白加賀がそろそろ見頃ですから、いよいよ賑やかになってきて
、蜜をついばむメジロも忙しくなります。
梅便り 令和4年如月21日
梅便り 令和4如月11日
今年の初午はあいにくの霙。各所の稲荷社例祭でしたが装束がよく濡れました。かえってしっかりと凍った雪の方が濡れずに済んだのではないかとも思ってしまいますが、それはそれで関東は大混乱。コロナで救急車がなかなか来ないのに、転倒して怪我する人、車のスリップ事故など、ますます救急車が足りなくなる事態になりますから困ったことですね。
それほど気温が下がらなかったお陰で、膨らみかけている梅の蕾もホッとしたのではないでしょうか。温暖化が騒がれているのに、今年の冬はいつもより寒い日が多く感じられ、梅の開花も遅くなっているようです。一重の薄いピンク色は「思いのまま(故実による)」、少し丸い白花は冬至梅、赤い八重咲は塒出錦(とやでにしき)、花びらの先がやや尖っているのが小梅の「結衣(ゆい)」です。まだまだ一部咲きにもなっていませんが、日々花の数を増やしています。春はもうすぐです。
梅便り 令和4年如月4日
コロナ禍で2年続けて節分行事が中止となり、
本来疫病や災厄を追い払うための豆まき行事が、密を避けるために中止されるとは、何とも複雑な思いです。そんな人の気持ちを知ってか知らずか、境内の梅の蕾はだいぶ膨らんでまいりました。ようやく飛梅(とびうめ)の実生(みしょう=種から育った亜種)「薄羽睦月」が八重の花を三分ほどつけました。命名したのは私です。旧社殿前の飛梅の花に他の梅の花粉が付いて、できた果実の種は別の遺伝子がプラスされます。種から育った木を実生(みしょう、またはみせい)と呼び、いわゆるミックスになります。この飛梅の実生は花が飛梅よりやや小さいこと、成長が早いこと、花弁が薄いこと、そして何より早咲きであるなど、親の飛梅とは性格がだいぶ違います。花弁が薄いことと1月に開花することから、「薄羽睦月」と命名しました。