令和4年文月1日 奉納大注連縄取付け

にわかに猛暑続きの日々、梅雨があったのかなかったのか分からないほどです。コロナの微増傾向に加えて、熱中症でたくさんの人が倒れ、水不足の地域あり、野菜も暑さで生育が悪く、年々日本は、地球はどうなっていくのでしょう。
去る水無月30日に夏越しの大祓へと茅の輪神事を斎行し、いよいよ令和4年も後半に入りました。その節目に社殿前の新しい大注連縄が奉納され、文月1日に取り付けました。この注連縄は当社を厚く信仰する方が匿名で奉納してくださり、今回で2回目です。ありがたいことです。

草木便り 令和4年弥生16日

梅の楊貴妃とひなあられが満開になる頃、出世稲荷脇の山茱萸(さんしゅゆ)もしたたかに満開。当社境内の山茱萸は本来の樹形とはかなり違います。普通なら根元からてっぺんにかけての幹に枝をたくさん伸ばして天を目指すからイメージとしては図のような形になります。ところが、当社境内の山茱萸はキノコ型です。これには境内ならではの理由があります。九月の例大祭や毎月1日の骨董市など、多くの出店がある境内では、この山茱萸だけでなく、梅も露店の設営に邪魔にならないよう下枝をまめに伐ります。そして上を目指す枝は手入れができなくなるためカットし、横向きの枝を残します。かくして山茱萸は幹から枝を伸ばすのを諦め、キノコ型で生きることになってしまいました。

梅便り 令和4年弥生15日

世間では桜の開花予想が報じられるようになりました。昨日から今日と関東では夏日を記録するような暖

ひなあられ

かな日となり、ここ町田市も24度と汗ばむ陽気に、境内の梅たちもうろたえているのではないでしょうか。
当社境内の梅は一番遅咲きのひなあられと楊貴妃が開花しました。

梅便り 令和4年弥生11日

東日本の大震災から11年、当社では当初支援のための物品販売として、陸前高田市で被災を免れた炭焼き釜で竹炭を作る仙人のような方(紹介者の知人いわく)と繋がり、仙人が焼いた竹炭を岩手の内陸の方々が置物などに加工したものを送ってもらい、社頭で販売。売り上げを被災地の災害対策課へ送りました。その後、悲しいことに竹炭の原材料となる現地の竹炭が汚染物質を吸収してしまうことが判明して中断。汚染された土で翌年に育つ新しい竹は使用できなくなってしまいました。
そこで考案したのが「日待ち梅」でした。宝飾品のデザイナーをしている巫女のOBにより当社の社紋を銀

豊後系勞謙

で製作してもらい、パッケージデザインなどを職員と話し合い、紫外線で変色するビーズ玉を加工する業者を見つけ、販売開始から7年ほど経過。最初の2000個(最低ロット)は順調に売れて、60万円を送金することができました。しかし、国内では次々に自然災害が起こります。熊本地震、九州・四国の豪雨など支援を必要とするところは目白押し。当然です。災害列島という宿命を背負う日本ですから。メディアは新しいニュースを次々に報じます。そして淡々と着実に、苦しみなが

満月枝垂れ

らも復興に向けて歩を進める現地は報じられなくなり、それと共に支援のエネルギーも分散と風化が進んでしまうのも仕方のないことかもしれません。ましてや現在進行形でウクライナの国民が殺害されています。ここまでぶれずに販売してきた私の気持ちさえ揺れています。
2回目の2000個も少しずつですが売れています。11年という節目の今日、日本のみならず世界の平和を祈りつつ、自分にできる範囲でやっていこうと気持ちを修正しています。
愈々桜を予感させる色の豊後系が咲き、社殿脇の「満月枝垂れ」も降るような花をつけて賑やかになってきました。残すは「ひなあられ」と「楊貴妃」のみ。今年は全体的に梅が遅れたので、ソメイヨシノの開花とかぶるかもしれません。

梅便り 令和4年弥生5日

春一番でしょうか、午後から春風が境内で暴れています。咲き終わりが近い梅に容赦なく吹き付けて花びらが舞い落ち、地面を流れています。梅にとっては想定内の洗礼なのかもしれません。想定外な独裁者の他国侵攻とは大違い。21世紀に侵略戦争が起こるとは、まだ現実として受け止めきれていないような感じもしますが、世界的に凶悪な国になってしまったロシア国民は、いったいどんな心持ちでしょうか。民族的にも兄弟のような国と戦い、恥ずかしい、情けないと嘆きつつ、怒りを政府にぶつけようとしても、逮捕され罰せられる法律まで作られてしまっては身動きもとれません。情報統制する独裁政治とは恐ろしいものです。
品種の思いのままが、ようやく思いのままらしさを見せ始めてくれました。こちらは決して彼のような身勝手な思いのままではありません。

梅便り 令和4年弥生1日

とうとうロシアは武力を使ってしまいました。この21世紀では、国同士が戦う道具を武器という物理的なものですることは、勝手なイメージかもしれませんが、私は有り得ないものと思っていました。原始人が太い棒で殴りかかるのと何ら変わらない幼稚な行為だと。そして陣取りとテリトリーの拡大。世界は、殊に大国は飽和状態になったと思って

白加賀

いたのですが、やらかしてしまう前時代的なリーダーもいたんですね。
東京は急に春めいてきました。今年の梅は早咲き組が遅れたせいで、遅咲き組と時期がかぶりそうです。例年より10日以上遅れて白加賀が咲き始めてまだ三分咲きくらいですが、にわかに暖かくなったせいで旧社殿前の飛梅や鳥居脇のおもいのまま(品

思いのまま

種)がほころび始めています。最も株数が多い白加賀がそろそろ見頃ですから、いよいよ賑やかになってきて

飛梅

、蜜をついばむメジロも忙しくなります。

草木便り 令和4年如月21日

今年の2月10日初午(はつうま)に赤い稲荷鳥居が1基奉納されました。旧暦には日毎に十二支があります。よくご存じのところでは、熊手を売る酉の市。11月の酉の日に開かれる市で、12日に1度行われますから、11月中に2回の年と3回の年があり、酉の日が3回ある年は火事が多いという言い伝えがあります。初午は2月最初の午の日のことで、年に一度のお稲荷様の例祭日です。今年は新しい鳥居を奉納されたヤマギワPCサービスの代表の方も参列してくださり、境内社ですから盛大ではないものの、祭壇にお供え物を揃えて厳粛に禰宜が奉仕致しました。その初午の頃、春の様子をうかがうようにほどけ始めたシナマンサクの花が、今日はすっかりほどけきっていました。鳥居脇の山茱萸(さんしゅゆ)はまだ小さい玉のような蕾から少しだけ顔をのぞかせて春を待っているようです。

梅便り 令和4年如月21日

春の訪れは来週以降になるようです。境内の梅も様子を伺うように少しずつ花を増やしています。神符授与所前の思いのままがもう少しで見頃です。白加賀や月影、蝶の羽重(ちょうのはがさね)はやっと数輪。ただし、全体として開花は例年より1週間余り遅れていますが、遅咲き組はそうでもなさそうですから、来週以降賑やかになるのではないでしょうか。いつも感じることですが、ソメイヨシノのように一斉に咲き一斉に散るのとは違い、梅の開花はじっくりゆっくりです。

梅便り 令和4如月11日

今年の初午はあいにくの霙。各所の稲荷社例祭でしたが装束がよく濡れました。かえってしっかりと凍った雪の方が濡れずに済んだのではないかとも思ってしまいますが、それはそれで関東は大混乱。コロナで救急車がなかなか来ないのに、転倒して怪我する人、車のスリップ事故など、ますます救急車が足りなくなる事態になりますから困ったことですね。
それほど気温が下がらなかったお陰で、膨らみかけている梅の蕾もホッとしたのではないでしょうか。温暖化が騒がれているのに、今年の冬はいつもより寒い日が多く感じられ、梅の開花も遅くなっているようです。一重の薄いピンク色は「思いのまま(故実による)」、少し丸い白花は冬至梅、赤い八重咲は塒出錦(とやでにしき)、花びらの先がやや尖っているのが小梅の「結衣(ゆい)」です。まだまだ一部咲きにもなっていませんが、日々花の数を増やしています。春はもうすぐです。