即位礼に伴う奉祝祭を斎行

台風15号、19号と日本の各所が風水害で被災した10月。上皇陛下や天皇陛下も御心を痛められ、被災地の救援を最優先と考えるという政府のたてまえのもと、変更出来得る範囲で本日の奉祝パレードが延期されたが、不幸に見舞わられた多くの国民がいる中で、国民向けの華美な奉祝行事を控えることは陛下の御心にそぐわないとして予め当然のこととして定められていたのだと思う。
令和元年10月22日、私が宮司という立場で即位礼の奉祝祭を町田天満宮社殿で斎行するのは、これが最初で最後と考える。神饌はなるべく国内被災地の産物や町田市内の農作物、また果物は季節の物にこだわり量より質を重視。海産物の器は伊勢神宮の饗膳で賜った未使用の土器(かわらけ)。祝詞の中の神饌に関する文章はこれらに合わせた。
午前9時斎行。浄衣にて2名奉仕。氏子総代礼服に白ネクタイで参列し、滞りなく式は完了。終了後、別室にて撤下した海産物と神酒で質素に直会。人知れずとも粛々と斎行叶ったことに感謝。

立春(旧正月)

ポカポカと温かく、まさに立春が春立つと書くような陽気。昨日は節分祭が賑やかに執り行われ、鬼打ちで厄を祓って清々しい気持ちで今日を迎えた人は少なくないはず。節分の豆まきが一般に流行する以前は、皇室の大晦日に行なわれる追儺の行事でした。やはり災厄を打ち払う意味で行われていましたが、撒いていたのは大豆に限らず穀類であったということです。これが庶民に伝わり手ごろな大豆が定着したということでしょう。もし、元旦も新暦(西洋歴)ではなく旧暦のままであったなら、大晦日に節分行事をして、翌日は初詣と忙しいことになっていたでしょう。明治以前は今日が新年元旦ですから、七草の素材も野で採ることができたのも、旧暦1月7日であったからです。無理やり新暦7日に七草といっても、野はまだ真冬ですから売っているもので間に合わせるしかありません。もう少し旧暦とうまく付き合わないと、日本人の季節感がずれていってしまうように思います。

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人間を一旦傍らに置いて考えれば、暦など関係のない草花は淡々と季節の変化に合わせて生きています。日本人の体内時計を草花に合わせていけば、本来の在るべき生き方に戻していけるような気がします。
境内では鹿児島紅と故実の思いのままが見頃です。飛梅も少しほころんできました。
真冬に頑張ってきた蝋梅を引継ぐように、シナマンサクの花がほどけて、ミツマタも外側からポツポツと開き始め、山茱萸(さんしゅゆ)も暖かな陽気に固い蕾を緩めています。

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さんしゅゆ

春は足早に

境内の梅もいよいよほころんでくるかと待ちわびていた先月末のこと、不覚にも流行り病に侵されてしまいました。宮司がタミフル飲みながら約1週間の軟禁状態でも、年頭の神社行事は淡々と行

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われていきます。今回は4名しかいない神職が私を含め2名インフルエンザにやられるという非常事態でした。太子講例祭と初天神祭を奉仕できなかったのは初めてのことです。

待ちわびていた梅たちも私が熱と闘っている間に次々と開花。時間が止まっていたのは私だけでした。2月に入り暖かな日が続いて、今日は初午。初午はお稲荷さんの年1回の例祭日です。毎年、初午と12日後の二の午には、件数こそ減ったものの数社のお稲荷さんを廻ります。林の中に佇む社もあれば、建物の屋上やベ

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ランダに鎮座する稲荷社もあります。例年、午前9時に当社境内の出世稲荷社を奉仕してから、会社や個人宅の稲荷社の奉仕に出掛けますが、今年は日の巡りで特に初午が早かったため、14日の二の午に集中しています。

夏越大祓への準備 茅の輪作り

平成30年も折り返しまでわずかとなりました。皆様半年間如何でしたでしょうか。大阪で不自由な暮らしをしている皆様には、一日も早く平穏な暮らしが戻りますようお祈り申し上げます。
町田天満宮では本日氏子総代が奉仕して夏越大祓へに向けて茅の輪作りが行われました。本儀は半年分の罪や穢れを祓う行事として斎行されるものですが、元旦やお彼岸、お盆、季節、また誕生日などは節目としての役割もあります。人間は生活に節目がないと生きられません。一年の節目もなく、季節も記念日もなく、同じ毎日を過ごしていたらどうでしょう。夏越大祓へは半年の大切な節目です。

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それぞれに年の後半に向けて気持ちを切り替えたり引き締めたり、前半の反省や更なる勢いをつけるため、病気をした人は後半に向け体に留意し、健康で過ごせた人は気を緩めず、様々に思いを廻らせて茅の輪をくぐっていただけたらと思います。本番は30日の午後5時より斎行いたします。既に人形(ひとがた)の入っている型代をお分けしておりますので、紙製の人形に名前を書いて、息を吹きかけて初穂料(規定額無し)と共に袋に入れて当日までにお持ちいただければ、茅の輪くぐりに続きお焚き上げを致します。

タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の11 お屠蘇とオケラ

お屠蘇(おとそ)は現在、正月元旦に1年の厄除けと幸福を願って飲む縁起物のお酒とされているが、実は処方の難しいれっきとした漢方薬で、濃すぎれば反対に体調を崩すこともある。今ではティーバッグになって市販されているが、これは成分こそ間違いはないものの、身体に入れても薬効もなく勿論害もない文字通りの縁起物だ。大晦日に数種類の薬草を混ぜて酒に浸して作るが、その中にオケラの根が入っている。水分代謝が悪くむくみやすい人には効能があるとされている。また、オケラの新芽や若葉は山菜としても美味しくいただける。

川崎市寺家のオケラ

このオケラの根は違う利用もされている。京都の八坂神社(祇園社)は大晦日に「おけらまつり」という神事がある。焚き上げの中にオケラの根が入れられ、参拝者はその火種を専用の縄に移して、消えないように振り回しながら家まで持ち帰りその火で雑煮を作って家族で食べれば、1年間無病息災に過ごせるという。その昔は火種を振る人に限り電車内も咎められなかったというから、鉄道会社の寛大な措置もさることながら、よほど京都の人にとって大切な風習であることがわかる。オケラの薬効は無病息災や厄除けに派生し、良き風習として京都の人々の心に根付いている。
一方、都としてはるかに歴史の浅い東京には、さほどの伝統的な古い風習はない。それでも正月元旦に家族揃って御節を食べるとか、七夕飾りをするとか、うなぎを食べるとか、十五夜を眺めるとか、家族でできる習慣はたくさんあるが、はたして家族は集まっているのだろうか。各々が日々頑張り、時に集まって語り、また頑張り、また集まる。これを繰り返していくことが人間生活には大切なこと。孤独な人がいたなら集まれば孤独でなくなる。簡単ではなくともそういう社会が理想。世界各国にもあるように、日本にも集まるきっかけとなる良き風習がたくさんある。利用しない手はない。良き習俗が消えゆくことと、家族や狭い地域社会の繋がりが希薄になっていくことはあながち無関係とは言えない。

節分祭斎行

寒さの厳しい間をぬうように、節分祭は割と穏やかな天候に恵まれて、午後の第1回目には北大樹関改め小野川親方も参加して、賑やかに豆まき行事が行われました。小野川親方は行事終了後も、小さな子を抱っこしたりファンと記念撮影に応じるなど、頼もしい体格で集まった人たちと交流を深めていました。

タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の6 ハグ

「穢れ」という日本独特の民俗意識がある。これは特に神社神道に根強い。例えば、新生児誕生を神様に報告し、赤ちゃんがすくすく健康に育つよう祈願する初宮参り。しばしば「誰が赤ちゃんを抱くのでしょうか?」と尋ねられる。尋ねられなければ家族に任せているが、尋ねられちゃったら仕方がなく正直に答えるしかない。赤ちゃんを抱くのは優先順位として父方の祖母、祖父、母方の祖母、祖父、父親の順になる。しかし古来より男性が育児に関わらなかったことから、実際にはこの順番から祖父は除かれた。しかし最終的に父母の両親が不在の場合には父親が抱くことになり母親は抱かない。地域によっては初宮参りでは母親は社殿に入れないこともあるようだ。苦しい思いをして赤ちゃんを産んだ母親が排除されるとは憤り以上のものを感じるが、これは日本の歴史上、ともすると科学的と言えるかもしれない習俗の成り立ちが見えてくる。

ハグ。50代の我々の若い頃にはなかった言葉だが、今は普通に使われるようになっている。日本人は諸外国と違い、挨拶でやたらとハグをしたり顔をつけたりということはしない。スポーツでは日本でも珍しくない光景だが、それ以外となると旧友と感動的な出会いをしたり、苦労した計画が成功したり、感極まった時には握手やハグはある。ただし、日本でハグ禁止令を発令してもさしたる混乱は起こらないだろう。困るのは幼児と恋人くらい。しかし諸外国ではそうはいかない。当たり前の挨拶であるし、他に方法を知らないのだから狼狽えるだろう。しかしこれが、赤痢やエボラ出血熱やマーズ、デング熱、鳥インフルエンザの蔓延を止められない理由のひとつでもある。イスラム圏ではこのような伝染病の実状が紛争によって報道の前面に出てこない。1年で数千人が感染して死亡している事実がある。ただしムスリム(イスラム教徒)の男性は髭を蓄えることが戒律の中にあり、挨拶で頬をつけるが髭が辛うじて地肌の密着を寸止めしているという話だ。

古代日本でも同様に伝染病は多発し、これを呪術または隔離という手段で撲滅していた時代が長くあった。今でこそ家族の中にノロウィルスの感染者が出れば、触れた所、嘔吐物、排泄物、全て消毒して患者と接するときはマスク着用と、万全の態勢をとるよう指示されているが、古代は伝染していく病気の原因はわからず、病人を根絶する手だては祈るか遠ざけるしかない。それでも、触れた人、近くにいた人が次々に同じ病気にかかれば、息、咳による唾液、汗、血などの体液が原因であることはわかってくる。病というものの対策として、体液=穢れというざっくりとした図式が根付く。神道では生きること自体が穢れること、つまり食べれば排泄する。動けば発汗するし怪我もする。すべてが体液につながるから生きることが穢れることとなる。だからこそ宗教儀礼には「祓い」や「清め」がつきもの。境内に入ったら手水をとるのは、頭から水をかぶって全身を清める禊が簡略化されたもの。伊勢神宮の神職は現在も境内の外から神社に戻ると禊を行う習わしを守っているが、一般人がいちいち鎮守様にお参りに行くのに水をかぶっていたら大変な手間。簡素化されるのも頷ける。社殿内での式では必ず最初に祓いの儀がある。神様の前に立つ前に心身を清浄にするためだ。

6月晦日の茅の輪神事

半年に一度の茅の輪神事も、半年間で蓄積された罪や穢れをリセットする儀式である。命ある生物は他の動植物を殺して食わなければ生命を維持できない。食うほどに罪は貯まる。水と塩だけでは生きられないのだ。こうして穢れに対する習俗が根付き、お産により大量の体液を排出した母親は初宮参りの最下位となった。しかし、医学が進歩した今ではどうでもよいことなのだが、古い習俗を守ろうと考える日本人の心もある意味では美しい。縁起をかつぐのも日本人の特異性であるし、病気(=穢れ)にならないことは心身が美しいことなのだから。

とにかく、日本の一般的な挨拶にハグや握手が無いのは、この穢れに対する意識の歴史があればこそだと思うし、このお蔭で伝染病が食い止められてきたことも事実。エボラやマーズに対して感染を止めやすい国だということは確かだ。私も、たとえば長年尊敬し憧れていた人に出会ったなら感極まって握手をするだろう。しかし、そうでなければ好んですることはない。選挙運動でやたらと握手する政治家の皆さん、どうか日本人の握手に値する人間であり続けた上で、手洗いはまめにお願いしたい。

茅の輪と焚き上げ場設置

いよいよ押し迫ってまいりました。大晦日の夕方より斎行される大はらへに向けて、茅の輪も設置され、茅の輪くぐり参加者により点火される焚き上げ場も作りました。某国のミサイル発射実験で不穏な国際関係の今年でしたが、新しき年は平和が戻りますよう願うばかりです。

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夏越大祓への準備

早いもので平成29年も半年になろうとしています。都民ファーストの会が都議会議員選挙に良くも悪くも風を吹かせています。市政と国政は身近に感じられても、メディアで報じられることの少ない都政でしたが、近年の豊洲問題や東京五輪の話題でクローズアップされていることは、決して悪い事ではありませんが、小池都知事以前の知事はマイナス要因で目立っていただけに、豊洲とオリンピックが片付けば都政も安定するのかもしれません。
今年の前半は皆さまいかがでしたでしょうか。茅の輪くぐりは大祓いと共に行われますが、知らず知らずのうちに貯まった「半年の罪穢れ」を言うなればリセットする儀式です。良かったことは勿論、反省や悔いも振り返り、新たな気持ちの節目として茅の輪をくぐります。良いことしかなくてくぐる必要がないと思っても、人は多くの動植物の命をいただいて自分の命を保っています。神道ではそれらに対する感謝の気持ちを忘れない意味で、それもまた仕方がなくとも生きるための罪として捉え、「祓い」の意義が発生しています。
当社でも昨日「茅の輪作り」が氏子総代によって行われ、大祓いの人型を焚きあげる白木の井桁は本日私が製作しました。
大祓と茅の輪神事は30日午後5時より斎行いたします。500円以上お気持ちで身代わりである人型をお納めいただきましたら、記念に茅の輪守りをお渡しいたします。

梅便り 28年12月30日

七五三が落ち着くと瞬く間に年の瀬になるように感じます。今年も残すところ明日一日だけ。明日の午後5時から斎行される師走おおはらへと茅の輪神事の準備も万全です。今日は総代さんたちが三が日用の特設賽銭箱の組み立てを奉仕してくれました。
ちょうど昨年の暮れに当社の梅が早咲きしてしまいタウン誌に報じられましたが、今年はお隣の菅原神社の紅梅が早咲きして報じられていました。当社の梅は背丈が1メートル足らずで鳥居前の階段の傍らでひっそりとたたずんでいます。勿論今年も早咲きでしたが、去年よりも花の数が多いのが気にかかります。地球の環境がますます変わって来ているのではないでしょうか。手放しでおめでたいとも言っていられないのかもしれませんね。

地球が、世界が、日本が、そして皆様の生活が、より良いものになりますよう祈念申し上げます。どうか皆様良いお年をお迎えください。