突然の陽気は3月下旬並だとか。境内の梅たちも一斉に咲き始めました。見頃を迎えている神符授与所前の思いのままには、開花を待ちわびていたメジロたちが蜜を求めて枝をせわしく飛び移っては花をつついています。
今年はなぜか蠟梅の開花が遅く、今が見頃になっています。蠟梅も同時に楽しめる良いタイミングではないでしょうか。
「境内整備」カテゴリーアーカイブ
梅便り 令和七乙巳年皐月二十六日
梅雨前線が蛇行して沖縄より九州の方が早く梅雨入りしたり、五月に猛暑日が記録されたりと、地球の健康状態は依然芳しくないないようです。去年あたりから当社境内の梅、特に加賀系が5月の猛暑日に大量の落果。まだ収穫するには未熟だと
いうのに、おびただしい量が一晩で落ちました。これも異常気象が原因でしょうか。
鳥居の前には箱根空木(ハコネウツギ)が咲いています。箱根空木は箱根だけにあったものではなく全国にあり、偶然箱根にあったから名づけられたらしいです。お墓に植えられたり、お骨拾いの箸に加工される(?)からと、縁起の悪いウツギとされている紅空木(ベニウツギ)がありますが、箱根空木は紅白に咲き分けるので区別できます。また、白い花のヤマウツギは渓谷などで目を惹きますが、梅雨入り前に開花するため梅雨を予感させるような五月の雨で花が濡れ、ヤマウツギがうなだれている様子のことを「卯の花くたし」と云い、この時期の季語になっています。地球環境が変化していく中で、季節を表した日本固有の季語も天気に合致しなくなってしまうのでしょうか。
花便り 令和七乙巳年卯月五日
草木便り 令和4年弥生16日
梅の楊貴妃とひなあられが満開になる頃、出世稲荷脇の山茱萸(さんしゅゆ)もしたたかに満開。当社境内の山茱萸は本来の樹形とはかなり違います。普通なら根元からてっぺんにかけての幹に枝をたくさん伸ばして天を目指すからイメージとしては図のような形になります。ところが、当社境内の山茱萸はキノコ型です。これには境内ならではの理由があります。
九月の例大祭や毎月1日の骨董市など、多くの出店がある境内では、この山茱萸だけでなく、梅も露店の設営に邪魔にならないよう下枝をまめに伐ります。そして上を目指す枝は手入れができなくなるためカットし、横向きの枝を残します。かくして山茱萸は幹から枝を伸ばすのを諦め、キノコ型で生きることになってしまいました。
梅便り 令和4年如月4日
コロナ禍で2年続けて節分行事が中止となり、
本来疫病や災厄を追い払うための豆まき行事が、密を避けるために中止されるとは、何とも複雑な思いです。そんな人の気持ちを知ってか知らずか、境内の梅の蕾はだいぶ膨らんでまいりました。ようやく飛梅(とびうめ)の実生(みしょう=種から育った亜種)「薄羽睦月」が八重の花を三分ほどつけました。命名したのは私です。旧社殿前の飛梅の花に他の梅の花粉が付いて、できた果実の種は別の遺伝子がプラスされます。種から育った木を実生(み
しょう、またはみせい)と呼び、いわゆるミックスになります。この飛梅の実生は花が飛梅よりやや小さいこと、成長が早いこと、花弁が薄いこと、そして何より早咲きであるなど、親の飛梅とは性格がだいぶ違います。花弁が薄いことと1月に開花することから、「薄羽睦月」と命名しました。
楠の枝降ろし
長引くコロナ禍の自粛生活で、さぞやストレスの溜まることも多いかと存じます
が、大切な人々のためもうひと頑張りです。そもそも、コロナウイルスはほぼ人体の中でしか生きられない弱いものです。ワクチンが概ね行き渡ればウイルスは生きる場所を失います。来年の今頃はインフルエンザ並みのレベルになっているはずです。
さて、人流を抑え密を避ける対策は、神社も大きな影響を受けました。

そんな中、いよいよ楠の大木の枝降ろしをしなければならない年になり、7年ぶりに大型クレーン車と高所作業車による枝降ろし作業が開始されました。ご参拝の際にはご注意下さい。
梅便り 令和3年弥生7日
緊急事態宣言が2週間延長されましたが、再延長がなければ解除される頃に染井吉野が満開。解除と花見、タイミングがよろしくないと思うのは私だけでしょうか。桜の開花が間近になると、いよいよ境内の梅も遅咲きの楊貴妃で最後になります。というのは一昨年あたりまでで、楊貴妃と足並みを揃えて咲く梅が登場しました。まだ背丈は2mほどですが、豊後系なので成長が早く、花つきも良いようです。ただし、境内の豊後系の勞謙の花に別の梅の花粉がついてできた種から発芽したいわゆる実生で、数年間鉢で育てて境内デビューした新種ということになります。花は小粒でふくら咲き型、赤色が混じっていて、花によっては花弁の先端が赤いものもあって可愛らしい新種です。このまま色ぼけせずに大きくなってくれることを期待しています。いづれにしても3月まで楽しめる遅咲きの梅が増えたことは喜ばしいことです。

梅便り 令和3年睦月19日
梅便り 令和3年睦月18日
令和二年秋季例大祭当日
コロナ禍の今年、様々な行事や社務が縮小され、本日斎行される例大祭式典も参列者は氏子総代と正副祭典委員長のみ。本来なら60名余りが参列する式典もソー
シャルディスタンスぎりぎりの11名です。例年なら狭い境内に100店がひしめき、迷子が出るほどの混雑になりますが、今年はいつもの静かな境内です。そして明日の神幸祭(神輿巡幸)もできず、各町内会は神酒所を設けません。
夜店もなく神輿も出ないとなれば「お祭は無い」と思われてしまうのは残念です。お祭は年に一度の御祭神のお祝いの日です。式典は粛々と斎行されます。境内で準備する店のざわめきもなく、静かに斎行されますが、式の進行、神饌物はいつも通りです。ただし私が奏上する祝詞は少し違います。例大祭の祭詞にコロナウイルス終息の祈願詞が追加されます。
いざ本番の日を迎えると、余りの静けさにわかっていても夢のように感じてしまいます。当社の例大祭は彼岸中、いつものように境内には彼岸花があちこちに咲き誇ります。それもまた、大賑わいの祭となれば、神輿を見物しようと玉垣に詰め寄る人垣に少なからずつぶされたりしますが、今年は安心して満開になろうとしています。皮肉なものです。秋雨に濡れる萩がゆれています。当社祭礼の名物「雨の天神様」だけは健在なようです。











