タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の11 お屠蘇とオケラ

お屠蘇(おとそ)は現在、正月元旦に1年の厄除けと幸福を願って飲む縁起物のお酒とされているが、実は処方の難しいれっきとした漢方薬で、濃すぎれば反対に体調を崩すこともある。今ではティーバッグになって市販されているが、これは成分こそ間違いはないものの、身体に入れても薬効もなく勿論害もない文字通りの縁起物だ。大晦日に数種類の薬草を混ぜて酒に浸して作るが、その中にオケラの根が入っている。水分代謝が悪くむくみやすい人には効能があるとされている。また、オケラの新芽や若葉は山菜としても美味しくいただける。

川崎市寺家のオケラ

このオケラの根は違う利用もされている。京都の八坂神社(祇園社)は大晦日に「おけらまつり」という神事がある。焚き上げの中にオケラの根が入れられ、参拝者はその火種を専用の縄に移して、消えないように振り回しながら家まで持ち帰りその火で雑煮を作って家族で食べれば、1年間無病息災に過ごせるという。その昔は火種を振る人に限り電車内も咎められなかったというから、鉄道会社の寛大な措置もさることながら、よほど京都の人にとって大切な風習であることがわかる。オケラの薬効は無病息災や厄除けに派生し、良き風習として京都の人々の心に根付いている。
一方、都としてはるかに歴史の浅い東京には、さほどの伝統的な古い風習はない。それでも正月元旦に家族揃って御節を食べるとか、七夕飾りをするとか、うなぎを食べるとか、十五夜を眺めるとか、家族でできる習慣はたくさんあるが、はたして家族は集まっているのだろうか。各々が日々頑張り、時に集まって語り、また頑張り、また集まる。これを繰り返していくことが人間生活には大切なこと。孤独な人がいたなら集まれば孤独でなくなる。簡単ではなくともそういう社会が理想。世界各国にもあるように、日本にも集まるきっかけとなる良き風習がたくさんある。利用しない手はない。良き習俗が消えゆくことと、家族や狭い地域社会の繋がりが希薄になっていくことはあながち無関係とは言えない。

節分祭斎行

寒さの厳しい間をぬうように、節分祭は割と穏やかな天候に恵まれて、午後の第1回目には北大樹関改め小野川親方も参加して、賑やかに豆まき行事が行われました。小野川親方は行事終了後も、小さな子を抱っこしたりファンと記念撮影に応じるなど、頼もしい体格で集まった人たちと交流を深めていました。

タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の6 ハグ

「穢れ」という日本独特の民俗意識がある。これは特に神社神道に根強い。例えば、新生児誕生を神様に報告し、赤ちゃんがすくすく健康に育つよう祈願する初宮参り。しばしば「誰が赤ちゃんを抱くのでしょうか?」と尋ねられる。尋ねられなければ家族に任せているが、尋ねられちゃったら仕方がなく正直に答えるしかない。赤ちゃんを抱くのは優先順位として父方の祖母、祖父、母方の祖母、祖父、父親の順になる。しかし古来より男性が育児に関わらなかったことから、実際にはこの順番から祖父は除かれた。しかし最終的に父母の両親が不在の場合には父親が抱くことになり母親は抱かない。地域によっては初宮参りでは母親は社殿に入れないこともあるようだ。苦しい思いをして赤ちゃんを産んだ母親が排除されるとは憤り以上のものを感じるが、これは日本の歴史上、ともすると科学的と言えるかもしれない習俗の成り立ちが見えてくる。

ハグ。50代の我々の若い頃にはなかった言葉だが、今は普通に使われるようになっている。日本人は諸外国と違い、挨拶でやたらとハグをしたり顔をつけたりということはしない。スポーツでは日本でも珍しくない光景だが、それ以外となると旧友と感動的な出会いをしたり、苦労した計画が成功したり、感極まった時には握手やハグはある。ただし、日本でハグ禁止令を発令してもさしたる混乱は起こらないだろう。困るのは幼児と恋人くらい。しかし諸外国ではそうはいかない。当たり前の挨拶であるし、他に方法を知らないのだから狼狽えるだろう。しかしこれが、赤痢やエボラ出血熱やマーズ、デング熱、鳥インフルエンザの蔓延を止められない理由のひとつでもある。イスラム圏ではこのような伝染病の実状が紛争によって報道の前面に出てこない。1年で数千人が感染して死亡している事実がある。ただしムスリム(イスラム教徒)の男性は髭を蓄えることが戒律の中にあり、挨拶で頬をつけるが髭が辛うじて地肌の密着を寸止めしているという話だ。

古代日本でも同様に伝染病は多発し、これを呪術または隔離という手段で撲滅していた時代が長くあった。今でこそ家族の中にノロウィルスの感染者が出れば、触れた所、嘔吐物、排泄物、全て消毒して患者と接するときはマスク着用と、万全の態勢をとるよう指示されているが、古代は伝染していく病気の原因はわからず、病人を根絶する手だては祈るか遠ざけるしかない。それでも、触れた人、近くにいた人が次々に同じ病気にかかれば、息、咳による唾液、汗、血などの体液が原因であることはわかってくる。病というものの対策として、体液=穢れというざっくりとした図式が根付く。神道では生きること自体が穢れること、つまり食べれば排泄する。動けば発汗するし怪我もする。すべてが体液につながるから生きることが穢れることとなる。だからこそ宗教儀礼には「祓い」や「清め」がつきもの。境内に入ったら手水をとるのは、頭から水をかぶって全身を清める禊が簡略化されたもの。伊勢神宮の神職は現在も境内の外から神社に戻ると禊を行う習わしを守っているが、一般人がいちいち鎮守様にお参りに行くのに水をかぶっていたら大変な手間。簡素化されるのも頷ける。社殿内での式では必ず最初に祓いの儀がある。神様の前に立つ前に心身を清浄にするためだ。

6月晦日の茅の輪神事

半年に一度の茅の輪神事も、半年間で蓄積された罪や穢れをリセットする儀式である。命ある生物は他の動植物を殺して食わなければ生命を維持できない。食うほどに罪は貯まる。水と塩だけでは生きられないのだ。こうして穢れに対する習俗が根付き、お産により大量の体液を排出した母親は初宮参りの最下位となった。しかし、医学が進歩した今ではどうでもよいことなのだが、古い習俗を守ろうと考える日本人の心もある意味では美しい。縁起をかつぐのも日本人の特異性であるし、病気(=穢れ)にならないことは心身が美しいことなのだから。

とにかく、日本の一般的な挨拶にハグや握手が無いのは、この穢れに対する意識の歴史があればこそだと思うし、このお蔭で伝染病が食い止められてきたことも事実。エボラやマーズに対して感染を止めやすい国だということは確かだ。私も、たとえば長年尊敬し憧れていた人に出会ったなら感極まって握手をするだろう。しかし、そうでなければ好んですることはない。選挙運動でやたらと握手する政治家の皆さん、どうか日本人の握手に値する人間であり続けた上で、手洗いはまめにお願いしたい。

茅の輪と焚き上げ場設置

いよいよ押し迫ってまいりました。大晦日の夕方より斎行される大はらへに向けて、茅の輪も設置され、茅の輪くぐり参加者により点火される焚き上げ場も作りました。某国のミサイル発射実験で不穏な国際関係の今年でしたが、新しき年は平和が戻りますよう願うばかりです。

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夏越大祓への準備

早いもので平成29年も半年になろうとしています。都民ファーストの会が都議会議員選挙に良くも悪くも風を吹かせています。市政と国政は身近に感じられても、メディアで報じられることの少ない都政でしたが、近年の豊洲問題や東京五輪の話題でクローズアップされていることは、決して悪い事ではありませんが、小池都知事以前の知事はマイナス要因で目立っていただけに、豊洲とオリンピックが片付けば都政も安定するのかもしれません。
今年の前半は皆さまいかがでしたでしょうか。茅の輪くぐりは大祓いと共に行われますが、知らず知らずのうちに貯まった「半年の罪穢れ」を言うなればリセットする儀式です。良かったことは勿論、反省や悔いも振り返り、新たな気持ちの節目として茅の輪をくぐります。良いことしかなくてくぐる必要がないと思っても、人は多くの動植物の命をいただいて自分の命を保っています。神道ではそれらに対する感謝の気持ちを忘れない意味で、それもまた仕方がなくとも生きるための罪として捉え、「祓い」の意義が発生しています。
当社でも昨日「茅の輪作り」が氏子総代によって行われ、大祓いの人型を焚きあげる白木の井桁は本日私が製作しました。
大祓と茅の輪神事は30日午後5時より斎行いたします。500円以上お気持ちで身代わりである人型をお納めいただきましたら、記念に茅の輪守りをお渡しいたします。

梅便り 28年12月30日

七五三が落ち着くと瞬く間に年の瀬になるように感じます。今年も残すところ明日一日だけ。明日の午後5時から斎行される師走おおはらへと茅の輪神事の準備も万全です。今日は総代さんたちが三が日用の特設賽銭箱の組み立てを奉仕してくれました。
ちょうど昨年の暮れに当社の梅が早咲きしてしまいタウン誌に報じられましたが、今年はお隣の菅原神社の紅梅が早咲きして報じられていました。当社の梅は背丈が1メートル足らずで鳥居前の階段の傍らでひっそりとたたずんでいます。勿論今年も早咲きでしたが、去年よりも花の数が多いのが気にかかります。地球の環境がますます変わって来ているのではないでしょうか。手放しでおめでたいとも言っていられないのかもしれませんね。

地球が、世界が、日本が、そして皆様の生活が、より良いものになりますよう祈念申し上げます。どうか皆様良いお年をお迎えください。

平成28年秋季例大祭斎行

相次ぐ台風が日本各地に被害をもたらした今年の夏から初秋、当社例大祭の直前にも台風が秋雨前線を刺激して、お隣の住吉神社例祭が降雨に見舞われ、楽しみにしていた地域の子どもたちはさぞがっかりしたことでしょう。
当社例大祭も初日はあいにくの雨で、私も氏子総代の皆さんと一緒に9町内会の神酒所のお祓いで巡りましたが、装束がほどよく濡れて戻ってまいりました。夜には雨があがり、夜中の御霊遷し(非公開)から神輿組みと順調に進みました。
二日目の神幸祭は時折陽も射す蒸し暑い日となり、神輿の氏子区域巡幸は滞りなく斎行することが叶いました。0001

神輿修理完了

平成4年に新調して24年担いだ宮神輿の大掛かりな修理が終わり、大安の今日半年ぶりに浅草の宮本卯之助商店より戻ってきました。芯の柱を太くしたり、四隅に柱を追加したりで、前より重くなったとのことですが、それを聞いて喜ぶ神輿関係者もいて、神社のために渡御を奉仕してくれる愛すべき神輿バカたちです。同時に駒札をこれまでの白木のものから黒漆塗りの金文字にして新調。古くから差し金を使う職人さんたちが組織している講「町田聖徳太子奉賛会」が奉納してくれました。字は名誉宮司が書いた以前のものを映して製作しました。秋の例大祭は来週の土日です。あとは天気の不安だけです。ただでさえ降雨率の高い当社の例祭。神輿の担ぎ手のことを考慮して近年は本来の縁日25日に近い土日にスライドしていますが、今年は奇しくも土日が本来の日にあたりました。台風がうろうろしていますから気が気ではありません。初日は式典、二日目が神幸祭(神輿渡御)です。

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夏越の祓いと茅の輪神事斎行

6月30日午後5時より恒例の夏越し大祓いと茅の輪神事を斎行いたしました。定刻より社殿で約80名が参加して大祓詞奏上。終了後茅の輪神事を行いました。不安定な天候が続いて当日も怪しい雲行きでしたが、雨の神様はこらえてくださったようです。神事が無事に終わり、その後総代会議が開かれ、散会後に翌日の骨董市に備えて茅の輪を移動した後に雨が降り出しました。雨の神様、本当にぎりぎりまでありがとうございました。
茅の輪神事はスサノオノミコトにあやかり、疫病除けとして京都の八坂神社(祇園社)で始まった行事でしたが、疫病がすなわち災い全般また穢れとして広く解釈されて全国の神社に広まってきました。当社も古くから併祭神としてスサノオノミコトをお祀りしておりましたが、茅の輪神事はまだ始めて4年ですから伝統行事の駆け出しといったところですが、それでも80名から100名の参加者にお集まりいただけるようになりました。ありがたいことです。
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節分祭斎行

飛梅が数輪ほころんだ晴天の3日。節分祭を斎行いたしました。豆打ち行事は午後に3回。年男年女はそれぞれ裃を着用して神前で奉告祭を行い、当たりクジ入りの福豆をゲットしようと大勢の氏子崇敬者が待ち構える神楽殿へ移動。太鼓の合図で威勢よく新年の幸福や安全の祈りを込めながら豆まきを行いました。
景品は御神酒、毛布、醤油、サラダ油、米、砂糖などの単品の他に、トートバッグやホックスティッシュ、菓子、マグカップなどの日用雑貨が詰め込まれた福袋、合せて730個。豆は拾えたけど当たりクジは入ってなかったとくやしがる人もいましたが、「健康で節分行事に今年も参加できたことが何よりの幸せなんですよ。」と慰めてあげました。

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