タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の18 スプラウト

スプラウトが注目されている。特にブームに火をつけたのはブロッコリー。要するにスプラウトとは新芽のことで、もやしやカイワレ、豆苗などもそうだ。種から発芽したばかりのものから、暗室で緑色にさせないものなど数種類あるが、どれも種の時点ではなかった栄養素が作られて身体に良いとされている。

動物は草食、肉食、雑食に大別されるが、中でも人間は雑食の頂点にいると言って良いだろう。動物に食べられないように自らに毒を持たせたり辛くしたり苦くしたりと進化してきた植物もあるが、煮炊きをし、毒の部分を避けたり毒抜きをしたり、人間はあらゆるものを食用としてきた。また、これが身体に良いと報じられれば我先に飛びつき、ブームが去ると次が登場する。これもまた人間の生存の欲望だとするなら致し方ないが、常に踊らされてる感がつきまとう。しかし飛びついて大量に摂取しても人間の栄養接種能力には限界がある。それでも飲んだことで精神的に元気になった気になれるのなら、それはそれで悪いことではない。幼少期、ホウレンソウを頬張ると急に力が湧いてくる気になっていた私が言うのだから間違いない。昔から体に良い食べ物と悪い食べ物の情報は常にあって、そのたびに多くの人が振り回されてきたのも、この日本という国が何でもあって選択肢がある証拠。食べる物に困窮している国には選択肢はなく、生きるために食べるという生命の原点に近い。我が国でも戦争を生き抜いた世代の胃腸は強靭だ。命を繋ごうという原点が精神力プラス吸収力になったのだろう。その点我々の世代は何でもあるがゆえに弱い。そして様々な情報の錯そうに惑わされながらたどり着くのは、満遍なく食べていれば大丈夫だという悟りのような結論で、幸せなことに今の日本は栄養が偏るような食糧難な国ではない。ただし、子どもの6人に一人が貧困だという事実もあり、実際に夏休み明けに痩せている子どもが少なくないという。給食がない夏休みは、家庭で満足に食べていないということだ。安倍さん、何とかならんのか。

ブロッコリースプラウトが店に並ぶようになった時から感じていたが、これらは育てればブロッコリーになるのだから、その方が効率良くないのかと。魚で言えばシラスにも言えることで、シラスのパックを眺めると大量の鰯の群れが想像できないこともない。こんな小さいうちに獲ってしまってイワシの漁獲量は大丈夫なのかと思ってしまう。植物の話に戻すが、枝豆は大豆の未成熟な状態を食用にしているだけであって枝豆という品種はない。ならば成熟させればと思うのは素人で、枝豆に適した品種と大豆に適した品種があって、それぞれに最適なタイミングで食用としているのだ。スプラウトも同様に成長したら種しか食用に適さないものが多く、特別な栄養素の接種のために食べられる新芽のうちにいただくというのも理に適っているようにも思える。人間が雑食動物の頂点に君臨する所以は、そのままだと食べることができないものも工夫して食用にしてしまうところにある。とりあえずは食前の「いただきます」を最もたくさん言うべき生物。魚を獲ってくれた人、鳥や獣や野菜を育ててくれた人、食べ物を買うお金を稼いでくれた人、美味しく調理してくれた人、そして何よりも命をくれた動植物に「いただきます」と感謝しよう。決して軽い言葉ではない。

さて、大阪の友人よりめずらしいスプラウト用の種をいただいた。最近注目されているチアシードとマスタードと向日葵。早速水耕栽培をしてみたが、私は命の芽吹きにワクワクし、食べるタイミングを逸した。秋口だけど、地植えしてあげようかなと・・・。

梅便り 平成30戊戌歳如月27日

平昌五輪はスポーツの祭典に不要な政治が絡んで、メダル獲得数が多くて盛り上がったというのに、我々はともかくアスリートたちには後味が悪かったのではないでしょうか。次は中国。近年のオリンピックは財力のある国しか開催できない傾向が強く、もっと世界中が協力してエコ化できないものでしょうか。
ここ町田市は市長・市議選も重なって大騒ぎ。スポーツで市政を盛り上げようとしている候補者の選挙カーが、平昌五輪の放送を観ている時に近所に来ると「あれ?」って感じたのは私だけではないと思います。
境内の梅はいよいよ蝶の羽重ねや薄羽睦月が見頃になり、飛梅、豊後系が咲き始めています。ミズキ科の山茱萸(さんしゅゆ)もだいぶ膨らんできて、春も本番間近です。

薄羽睦月

蝶の羽重ね

豊後系労謙

山茱萸

梅便り 平成30年戊戌歳如月23日

次第に暖かい日が多くなってきたように感じますが、週明けには降雪の噂もちらほら。毎年一番早く咲く鹿児島紅や当社の故実による「思いのまま(鶯宿)」は、ようやく飛梅が数輪開き、まだ豊後系はほころんでもいないのに、もうちらほら花びらを舞い落し始めています。

思いのまま(鶯宿)を夜撮影

飛梅

手水舎裏のとやでにしき

黄色

春を知らせる花の注目度は定番の梅から桜へと移っていく中で、黄色い花も春を待ち、目覚め、知らせてくれています。マンサク、蝋梅(ロウバイ)、山茱萸(サンシュユ)、三又(ミツマタ)と、暮れから正月、如月と順にほころんできました。

蝋梅

マンサク

サンシュユ

みつまた

梅便り 平成30戊戌歳如月15日

まだ来週には小雪の舞う日があるということですが、今日は暖かで風も無く穏やかな日でした。塒出錦(とやでにしき)や青軸系の月影、白加賀が見頃になってきました。見頃という言葉は、缶珈琲飲料の微糖という表現同様に規定があるわけではないので、各自の趣向に任せられます。私の見頃は三分咲きくらいを言います。梅の丸い蕾も含めて好みです。皆さんの見頃はどのあたりでしょうか。

白加賀

塒出錦

青軸系の月影

梅便り 平成30戊戌歳如月13日

ようやく寒さも緩みはじめた気配です。北陸から山形、秋田、青森は豪雪で大変です。今年は九州や鳥取、四国でも例年にない積雪で、いつもより春の待ち遠しい日本列島です。
境内の梅も寒波の影響で、株によっては1ヶ月近く開花が遅れている梅もあります。ようやく薄羽睦月がほころびました。名前とは裏腹に開花は如月になってしまいました。思いのまま(鶯宿)はピンクの花がそろそろ見頃になってきました。

薄羽睦月

思いのまま(鶯宿)

梅便り 平成30戊戌歳如月5日

暦の上では立春が過ぎ、早咲きの梅の枝を渡るメジロも賑やかになってまいりましたが、列島には執拗に寒波が居座り依然厳しい寒さの毎日ですが、皆様体調には十分ご留意ください。梅の開花もやや足踏みですが、ようやく手水舎裏の塒出錦(とやでのにしき)が開き始めました。手水舎の屋根下の枝だけ早く咲いたのには科学的な理由があります。通常なら屋根の下は日陰になりますから遅くなるはずですが、当社の手水舎は井戸水で水温が高く、手水舎の天井は気温よりやや温かくなっているからだと思われます。

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塒出錦の「塒(とや)」はねぐらとも読み、鳥の巣穴、羽根を休める巣といった意味があります。確かに満開の時期には八重の大輪がひしめいて咲き、鳥が隠れるには良いのかもしれないと想像したり、春を待つ心は穏やかに思いを廻らせてくれるようです。

梅便り 平成30戊戌歳睦月29日

53年ぶりの大寒波と2年ぶりの積雪。当社境内の梅も面食らって怖気づいているようです。それでもようやく神符授与所前の思いのまま(鶯宿)、結衣、加賀系の早咲き白梅が数輪ずつ開いています。毎年一番早い鹿児島紅と白梅の枝が絡む金子稲荷前、もう少しで紅白の競演になるでしょう。
今週後半も雪の予報がささやかれています。道端の凍った残雪の上に降ると、ますます滑りやすくなります。くれぐれも足元にご注意ください。

早咲きの加賀と鹿児島紅

神符授与所前の思いのまま

手水舎横 結衣(小梅)

タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の8 鏡餅

日本人は言葉遊びも縁起かつぎも大好きな民族。例えば葦(あし)。日除けとして古来より葦を利用して作られるのは葦簀(よしず)。葦(あし)は「悪し」につながるから「良し」に転化した。千両と万両は赤い実の付き方が違い、千両は葉の上に、万両は葉の下に付く。万両の方が重いから垂れ下るという貨幣価値(重さ)で名付けられた両者は、共に縁起の良い木として庭木にされる他、千両は正月のめでたい生け花に利用されている。また、「死」や「苦」とつながる4や9は、旅館の部屋番号から除いてあったり、お刺身なども4切れにしないとか、「身が切れる」からと3切れを避けたりもする。年の瀬師走の29日に正月用の餅をつかないのは「九餅」が「苦持ち」につながるから。これに関連して新年用の神棚もこの日を避けて飾られる。また一夜飾りを避けて大晦日には飾らない。何でもかつぎやすい日本人は海外のものまで輸入。最近は13日の金曜日まで。
新年に飾る鏡餅は本来新年の幸福をもたらす「歳神様(としがみさま)」の霊威が宿る場所。今でも元旦に家族揃って歳神様の宿る鏡餅の前で御節(おせち)料理をいただく地域もある。御節料理とは、歳神様がいらっしゃる7日までの松の内に騒がしく家事をすることを避けるため、暮れに作る日持ちのする料理をいう。今でも洗濯や掃除などを含めた家事全般をしない風習があるのは、静かに歳神様に和んでいただくという意味が転じて、正月早々にせわしく働くと一年中そうなるという縁起かつぎだ。鏡餅や御節料理には言葉遊び満載。重ねた餅の上に橙(だいだい)を乗せるのはまんま「実りある代々を重ねる」。黒豆は「マメに暮らせるよう」、昆布巻きは「よろコブ」、海老は「腰がまがるまで長寿で」、数の子は「子孫繁栄」、錦糸卵は白と黄色を金銀に見立てて「商売繁盛」、etc・・・。鏡餅は歳神様がいらした場所だから、一般的な鏡開きの11日に金槌などで割り、雑煮やかき餅にして有難く霊威をいただき新年の活力にする。餅が乾いて硬くなってしまう前に包丁で切るのはNG。ましてや松の内であれば歳神様を切ってしまう。おそらく慌てて歳神様は逃げ出すが、その年の福徳も断ち切るとされ、雑煮用の餅は別に用意しておくことが必須だ。金沢や兵庫などの鏡餅には干し柿が棒に10個刺されて翼のように上に飾られる。(元々柿は幸福が来るという意味で「嘉来」と表す。) 両端の2個ずつが真ん中の6個より少し外に離し、「外はにこにこ(2個2個)、中はむつ(6つ)まじく」という微笑ましい言葉遊びで新年の幸せを願う。関西圏が丸餅なのも角が立たない丸い人間関係を望む故のこと。
今年国内では豪雨による堤防の決壊で多くの人々が被災した。箱根、阿蘇、桜島、口永良部島などマグマも活発で、箱根などは過度の風評により観光業は沈滞。TPPの合意で第一次産業は先の見えない不安にかられている。また、依然として紛争が治まらないイスラム圏は、シリアを中心にアメリカ、ロシア、トルコ、エジプト、イスラエル、クルド人などが、それぞれに敵対・牽制・友好・協力の図式を絡めて、どうにも解決できない様相。そんな矢先に起こったフランスへのテロ。そしてトルコによるロシア機の撃墜で、混迷する各国の関係はダェーシュ(IS)の思うつぼのような状況。(また大量殺戮やテロ行為をISのように発表しないボコ・ハラムは、実際にはIS以上に殺しているという話もある。) その間にも救うべきは生きるために母国から逃れるシリア難民。歴史上国境を接したことのない我が国がいつまでも傍観者でいるわけにもいかない。この世界情勢の流れの一部に安保改正もあって、残念ながらまだ生かされている国であることを再確認。終戦という表現が無理やり一般化されているが、沖縄の人々が訴えているように正しくは「敗戦」なのだ。
島国日本とアラブ諸国との国民性やイデオロギーの相違は大きい。そんな国々とも均衡を保たなければ日本の平和と生活は守れないのが現実だ。エネルギー自給率1割に満たない我が国がアラブ諸国に見限られたら経済は停止する。これまでの外交努力によってエネルギーを得ていることも忘れてはならないし、産油国への感謝も必要。日本の政治は利害ありきで感謝や謝罪を調整するから単なる駆け引きでしかない。とは言え物価の高いこの国で日々生きてゆくのも楽じゃないし、国の内外の情勢を考えたり行動したりは誰しもができるものではないからこそ、それを請け負う代表として議員がいるのに、一般庶民が出張って議事堂前で大騒ぎするような政治では代表として任せた意味もない。頑張ってほしいものだ。
災い全てをリセットすることは叶わなくとも、新年を迎えるにあたって個々に気持ちをリセットして自己を見つめ直すことは大切。歳神様を静かにお迎えして「外はにこにこ、中はむつまじく」ありたい。人も国も。

(タウンニュース社 コラム「宮司の徒然」其の8 掲載:平成27年12月)