立春(旧正月)

ポカポカと温かく、まさに立春が春立つと書くような陽気。昨日は節分祭が賑やかに執り行われ、鬼打ちで厄を祓って清々しい気持ちで今日を迎えた人は少なくないはず。節分の豆まきが一般に流行する以前は、皇室の大晦日に行なわれる追儺の行事でした。やはり災厄を打ち払う意味で行われていましたが、撒いていたのは大豆に限らず穀類であったということです。これが庶民に伝わり手ごろな大豆が定着したということでしょう。もし、元旦も新暦(西洋歴)ではなく旧暦のままであったなら、大晦日に節分行事をして、翌日は初詣と忙しいことになっていたでしょう。明治以前は今日が新年元旦ですから、七草の素材も野で採ることができたのも、旧暦1月7日であったからです。無理やり新暦7日に七草といっても、野はまだ真冬ですから売っているもので間に合わせるしかありません。もう少し旧暦とうまく付き合わないと、日本人の季節感がずれていってしまうように思います。

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人間を一旦傍らに置いて考えれば、暦など関係のない草花は淡々と季節の変化に合わせて生きています。日本人の体内時計を草花に合わせていけば、本来の在るべき生き方に戻していけるような気がします。
境内では鹿児島紅と故実の思いのままが見頃です。飛梅も少しほころんできました。
真冬に頑張ってきた蝋梅を引継ぐように、シナマンサクの花がほどけて、ミツマタも外側からポツポツと開き始め、山茱萸(さんしゅゆ)も暖かな陽気に固い蕾を緩めています。

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さんしゅゆ

タウンニュース掲載コラム 其の17 カラスウリ

ホバリングするものと言えばヘリコプターやドローンが思い浮かぶが、操縦ミスで事故続きのオスプレイや、ジェット戦闘機のハリアーもそうだ。ホバリングを訳すと飛行定位であろうか。つまり浮かんで動かない状態を指す。人間が身体一つでできるのは水中での定位だけだが、これもかなりの技術を要する。鳥類には長時間ホバリングできる種類がいる。例えばハチドリ、カワセミやヤマセミ。カワセミは獲物を狙う時にホバリングして狙いを定め、一気に急降下する。時には自分の羽根を水面に落とし、虫と間違えて水面に浮上してきた魚を仕留める芸当もするらしい。

今年の夏は長そうだ。湿度も高く、蒸し暑い上によく降る。台風も次々にやってきて、台風一過ならぬ台風一家のようだ。そんな夏の夜、夜の貴婦人と勝手に呼んでいる花が境内の片隅で咲いている。小野路の林で実を採ってきて種まきし、5年経ってようやく咲いたカラスウリの花だ。何故カラスなのかわからないが、とかく植物にはカラスやスズメが名前に登場する。カラスノエンドウ、カラスビシャク、スズメガヤ、スズメノテッポウなど。カラスウリの花は夜しか咲かない。鳥が種を運び、しばしば生垣などに絡んでいるのを見かけるが、葉の色は鈍く見栄えがしない上に繁茂すると手に負えないから、大抵駆除されてしまうようだ。また、もっと月明りに映えるような花びらにすれば良いものをほとんどがレースのように網状になっているから、直径5センチ程度の花は、暗がりで咲いていると肉眼では見つけ辛いほど。それでも、夜に散歩をすればどこかしらに見つけられるくらいポピュラーだ。撮影していてふと疑問に思った。「このレースを纏った貴婦人が誘っているのはどんな虫なんだろう」と。さっそく調べてみると、なんと私の好きなスズメガの仲間たち。幼虫が成長に従って模様を変えていくのも面白い。写真左上は模様がコミカルなセスジスズメの若い幼虫で、虫が苦手という方のために敢えて終齢幼虫は避けた。成虫の中ではウンモンスズメ(写真左下)が素晴らしいと思う。先祖から引き継いだ自分の姿を鏡で見たことはあるのだろうか。中でもスズメガ科のホウジャクの仲間はハチドリに酷似している。カラスウリの蜜は花の柄のかなり奥にあり、まだ目撃はしていないが蜜を吸う様子が目に浮かぶようだ。近くにあるクチナシに毎年ホウジャク亜科のオオスカシバの幼虫がいるから、きっと成虫がカラスウリの吸蜜に来ているにちがいない。写真に収めたいと思うが、いつ飛来するかわからないスズメガを待って、灯もつけずに暗がりでじっとカラスウリを凝視し続けるのはきつい。そして怪しい。更に藪蚊とのバトルだ。確実に負ける。

とりあえず、この貴婦人のお相手が判明してひと安心。たとえ目につかなくても地道で逞しい営みを続ける草木があって、さらに虫というパートナーもいる。葉を食べさせる草があって、花に誘われて蜜をご馳走になるかわりに、まんまと受粉作業を手伝わされる虫がいる。受粉して実をつければ鳥が食べて種を落とし発芽する。この絶妙なサイクルに人間は手出しをしてはいけないと思う。自然を労わり、思いやり、うまく付き合っていく。人間社会の付き合いもそうありたいと望むように、自然とのつきあいも同じでありたい。日々のせわしなさに流されてしまう自分を時折もう一人の自分に眺めさせ、身の回りが騒がしいときは、人も心をホバリングさせて、時間や景色をドローンのように見渡してみることも大切かもしれない。人も草木も虫も地球上の生物で、大小に関係なく命は一つしか持ち合わせず、生まれたからには死亡率は100%。どう共存するか考えてみるのも良いことだし、そんな時間がリラクゼーションにもなる。

ウィキペディアで調べるのも考えものだ。たくさん花をつけるのが雄株だということも分かってしまい、つまり貴婦人と呼んでいたのにオスだった。なんてことだ。

梅便り 平成30年戊戌歳弥生11日

東北の震災より早7年、日待ち梅の販売も6年になったということですね。先が見えない原発の廃炉作業。被害を被った人々の心のケアも含めると、10年以上かかって50兆円が必要との試算も出ています。廃炉で出たゴミの処理方法も模索中で、100パーセント安全でないことが証明されてしまった原発を国は海外に輸出しようとしているなんて、常識的に考えられないことだと思いますがいかがでしょう。今年に入り、患者への負担もなく、副作用もなく、しかも安価で、末期がんを一日で治す治療法が発表され、再来年あたりから実用化されるということで、世間がざわつき始めていますが、放射能もたちどころに無力化するようなものが開発されたなら、私はその開発者を生き神様としてお祀りしたいと思います。被爆して甲状腺ガンの不安を抱える子どもたちの心が救われることが何よりです。
飛梅と枝垂れ梅が満開となりました。いよいよ開花を待つのは楊貴妃だけとなりました。ミズキ科の山茱萸とミツマタも負けじと満開です。

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タウンニュース掲載コラム「宮司徒然」其の18 スプラウト

スプラウトが注目されている。特にブームに火をつけたのはブロッコリー。要するにスプラウトとは新芽のことで、もやしやカイワレ、豆苗などもそうだ。種から発芽したばかりのものから、暗室で緑色にさせないものなど数種類あるが、どれも種の時点ではなかった栄養素が作られて身体に良いとされている。

動物は草食、肉食、雑食に大別されるが、中でも人間は雑食の頂点にいると言って良いだろう。動物に食べられないように自らに毒を持たせたり辛くしたり苦くしたりと進化してきた植物もあるが、煮炊きをし、毒の部分を避けたり毒抜きをしたり、人間はあらゆるものを食用としてきた。また、これが身体に良いと報じられれば我先に飛びつき、ブームが去ると次が登場する。これもまた人間の生存の欲望だとするなら致し方ないが、常に踊らされてる感がつきまとう。しかし飛びついて大量に摂取しても人間の栄養接種能力には限界がある。それでも飲んだことで精神的に元気になった気になれるのなら、それはそれで悪いことではない。幼少期、ホウレンソウを頬張ると急に力が湧いてくる気になっていた私が言うのだから間違いない。昔から体に良い食べ物と悪い食べ物の情報は常にあって、そのたびに多くの人が振り回されてきたのも、この日本という国が何でもあって選択肢がある証拠。食べる物に困窮している国には選択肢はなく、生きるために食べるという生命の原点に近い。我が国でも戦争を生き抜いた世代の胃腸は強靭だ。命を繋ごうという原点が精神力プラス吸収力になったのだろう。その点我々の世代は何でもあるがゆえに弱い。そして様々な情報の錯そうに惑わされながらたどり着くのは、満遍なく食べていれば大丈夫だという悟りのような結論で、幸せなことに今の日本は栄養が偏るような食糧難な国ではない。ただし、子どもの6人に一人が貧困だという事実もあり、実際に夏休み明けに痩せている子どもが少なくないという。給食がない夏休みは、家庭で満足に食べていないということだ。安倍さん、何とかならんのか。

ブロッコリースプラウトが店に並ぶようになった時から感じていたが、これらは育てればブロッコリーになるのだから、その方が効率良くないのかと。魚で言えばシラスにも言えることで、シラスのパックを眺めると大量の鰯の群れが想像できないこともない。こんな小さいうちに獲ってしまってイワシの漁獲量は大丈夫なのかと思ってしまう。植物の話に戻すが、枝豆は大豆の未成熟な状態を食用にしているだけであって枝豆という品種はない。ならば成熟させればと思うのは素人で、枝豆に適した品種と大豆に適した品種があって、それぞれに最適なタイミングで食用としているのだ。スプラウトも同様に成長したら種しか食用に適さないものが多く、特別な栄養素の接種のために食べられる新芽のうちにいただくというのも理に適っているようにも思える。人間が雑食動物の頂点に君臨する所以は、そのままだと食べることができないものも工夫して食用にしてしまうところにある。とりあえずは食前の「いただきます」を最もたくさん言うべき生物。魚を獲ってくれた人、鳥や獣や野菜を育ててくれた人、食べ物を買うお金を稼いでくれた人、美味しく調理してくれた人、そして何よりも命をくれた動植物に「いただきます」と感謝しよう。決して軽い言葉ではない。

さて、大阪の友人よりめずらしいスプラウト用の種をいただいた。最近注目されているチアシードとマスタードと向日葵。早速水耕栽培をしてみたが、私は命の芽吹きにワクワクし、食べるタイミングを逸した。秋口だけど、地植えしてあげようかなと・・・。

梅便り 平成30戊戌歳如月27日

平昌五輪はスポーツの祭典に不要な政治が絡んで、メダル獲得数が多くて盛り上がったというのに、我々はともかくアスリートたちには後味が悪かったのではないでしょうか。次は中国。近年のオリンピックは財力のある国しか開催できない傾向が強く、もっと世界中が協力してエコ化できないものでしょうか。
ここ町田市は市長・市議選も重なって大騒ぎ。スポーツで市政を盛り上げようとしている候補者の選挙カーが、平昌五輪の放送を観ている時に近所に来ると「あれ?」って感じたのは私だけではないと思います。
境内の梅はいよいよ蝶の羽重ねや薄羽睦月が見頃になり、飛梅、豊後系が咲き始めています。ミズキ科の山茱萸(さんしゅゆ)もだいぶ膨らんできて、春も本番間近です。

薄羽睦月

蝶の羽重ね

豊後系労謙

山茱萸

黄色

春を知らせる花の注目度は定番の梅から桜へと移っていく中で、黄色い花も春を待ち、目覚め、知らせてくれています。マンサク、蝋梅(ロウバイ)、山茱萸(サンシュユ)、三又(ミツマタ)と、暮れから正月、如月と順にほころんできました。

蝋梅

マンサク

サンシュユ

みつまた

梅便り 平成30戊戌歳如月13日

ようやく寒さも緩みはじめた気配です。北陸から山形、秋田、青森は豪雪で大変です。今年は九州や鳥取、四国でも例年にない積雪で、いつもより春の待ち遠しい日本列島です。
境内の梅も寒波の影響で、株によっては1ヶ月近く開花が遅れている梅もあります。ようやく薄羽睦月がほころびました。名前とは裏腹に開花は如月になってしまいました。思いのまま(鶯宿)はピンクの花がそろそろ見頃になってきました。

薄羽睦月

思いのまま(鶯宿)

梅便り 平成30戊戌歳如月5日

暦の上では立春が過ぎ、早咲きの梅の枝を渡るメジロも賑やかになってまいりましたが、列島には執拗に寒波が居座り依然厳しい寒さの毎日ですが、皆様体調には十分ご留意ください。梅の開花もやや足踏みですが、ようやく手水舎裏の塒出錦(とやでのにしき)が開き始めました。手水舎の屋根下の枝だけ早く咲いたのには科学的な理由があります。通常なら屋根の下は日陰になりますから遅くなるはずですが、当社の手水舎は井戸水で水温が高く、手水舎の天井は気温よりやや温かくなっているからだと思われます。

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塒出錦の「塒(とや)」はねぐらとも読み、鳥の巣穴、羽根を休める巣といった意味があります。確かに満開の時期には八重の大輪がひしめいて咲き、鳥が隠れるには良いのかもしれないと想像したり、春を待つ心は穏やかに思いを廻らせてくれるようです。

宮司徒然 其の3「梅の話」 

ここ数日で境内に数本の梅がデビュー。境内に自宅があり、自宅周りの庭で梅などを種まきしたり接ぎ木したりして苗から育て、ある程度の丈になったところで境内デビューさせてきた。
接ぎ木とは、台木となる野梅や小梅の幹に守るべき品種の枝を接合して育てる方法で、有名な南高梅などもその方法で守られてきている。今回デビューしたのは接ぎ木の飛梅(とびうめ)と実生の飛梅亜種と加賀。梅は品種を守るため接ぎ木が最善の方法。一方種まきによる実生では変化が起きる。つまり、花には他の様々な梅の花粉も受粉する。そして同じ種族故に拒まない。できた梅の実には様々な梅の遺伝子が入り込み、発芽して育つうちにその特徴が顕われてくる。こうして梅の品種は増える。  飛梅は、御祭神菅原道真公の死後、京都の旧私邸の庭より一夜にして墓所である大宰府へ飛び移ったという伝説の梅で、現在も大宰府天満宮社殿前にあり、御祭神の御霊を和ませている。それを接ぎ木して京都の北野天満宮へ植樹。さらに接ぎ木で増やし全国の天満宮、菅原神社などへ。当社も北野天満宮よりいただいたものが境内の旧社殿前右側にある。そして今回、当社名誉宮司(父)が接ぎ木した飛梅が旧社殿前左側に。そのために移された真榊は迷惑だったかもしれないが、めでたく飛梅が一対になった。一方飛梅の実から発芽して育った飛梅亜種は、たった5年余りで3mに成長し幹も直径7~8センチ。昨年あたりから開花するようになったが、花の数が多いのと白の八重咲きであることは飛梅の特徴を保持。ただし、新たな性質として、①開花が境内のどの梅よりも早い。②花が小柄で花弁が薄い。③成長が早い。この3つが目立っている。特に開花時期が最も早いのは境内の梅にはない冬至梅(とうじうめ)系の特徴。では近所のどの梅かとつきとめるにも、大気中には盆栽の花粉も飛んでいるのだから特定は不可能。そもそも遠い近いもわからない。こうして実生による株は新品種となり、つまり私が命名しても差し支えはない。ただしその特徴を守っていこうとするならば接ぎ木をしていかなくてはならないから面倒だし、梅も望んでいるとは思えない。それ以前に名前なんて梅には関係ないのだろう。
すべての動植物はスピードこそ違うが、ひたすらミックスされていく。人間も例外ではない。それが自然。だから、極論と言われるかもしれないが、長い長い時をかけて人間も自然にミックスされていき、やがて地球上が一つの人種になって言葉も共有できたなら今ほど争わず対話できるはず。同じ種の生物が殺し合う愚かな行為もなくなるはず。そのためには環境を守り、改善し、地球を長生きさせなければならないと、より多くの人が意識して生活することが大切だと思う。紛争中の国民に言わせれば、平和ボケのぬるい島国ならではの考えと笑うだろう。それでも、かつて我が国が刻んだ愚かな殺し合いの歴史があればこそ、紛争は普通ではないんだと気づいてほしい。地球上すべてに平和が訪れた時、梅たちは慈しんでもらえてるだろうか。それとも、地球上に生物はもう・・・。

(タウンニュース町田・相模原版 コラム掲載日 2015/8/20)

梅便り 平成30戊戌歳睦月18日

三が日は天候にも恵まれて大勢の参詣者においでいただきました。おおよそ4万人の崇敬者が訪れて、御祭神菅原道真公をはじめ大綱・日枝の併祭神、また摂社にいらっしゃる神様たちもさぞお喜びになられたことと思います。空前の御朱印流行で若者の参拝者も増えたことは喜ばしいことですが、名誉の負傷とも言いましょうか、腱鞘炎と闘いながら、いやごまかしながらの日々です。その対策として、文字もすべて判にしたり、紙に作り置きしたりと、多くの神社が採用しているようですが、当社では今のところは、できる限り筆でその都度書いてさしあげようと思います。ですから、紙でのお渡しもしておりませんので、必ず朱印帳をお持ちください。ただし、松の内などは4名しかいない職員の内の1名(今は私)が終日机に張り付いて、祈願札と御朱印の書入れに終始するため、来訪者にきちんと挨拶もままならない状況になっていますから、これ以上増えたなら何らかの対策を講じざるを得なくなるのかもしれません。

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師走から新年にかけて列島に寒波が覆いかぶさり、各地で異例の大雪に見舞われるなど厳しい冬となっています。当社境内の梅の開花もだいぶ遅いようです。昨日今日と寒さが緩んだせいか、ようやく鹿児島紅と加賀系の早咲きが1輪ずつほころびました。春はゆっくり確実に近づいてきています。

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