梅便り 平成30戊戌歳如月5日

暦の上では立春が過ぎ、早咲きの梅の枝を渡るメジロも賑やかになってまいりましたが、列島には執拗に寒波が居座り依然厳しい寒さの毎日ですが、皆様体調には十分ご留意ください。梅の開花もやや足踏みですが、ようやく手水舎裏の塒出錦(とやでのにしき)が開き始めました。手水舎の屋根下の枝だけ早く咲いたのには科学的な理由があります。通常なら屋根の下は日陰になりますから遅くなるはずですが、当社の手水舎は井戸水で水温が高く、手水舎の天井は気温よりやや温かくなっているからだと思われます。

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塒出錦の「塒(とや)」はねぐらとも読み、鳥の巣穴、羽根を休める巣といった意味があります。確かに満開の時期には八重の大輪がひしめいて咲き、鳥が隠れるには良いのかもしれないと想像したり、春を待つ心は穏やかに思いを廻らせてくれるようです。

宮司徒然 其の3「梅の話」 

ここ数日で境内に数本の梅がデビュー。境内に自宅があり、自宅周りの庭で梅などを種まきしたり接ぎ木したりして苗から育て、ある程度の丈になったところで境内デビューさせてきた。
接ぎ木とは、台木となる野梅や小梅の幹に守るべき品種の枝を接合して育てる方法で、有名な南高梅などもその方法で守られてきている。今回デビューしたのは接ぎ木の飛梅(とびうめ)と実生の飛梅亜種と加賀。梅は品種を守るため接ぎ木が最善の方法。一方種まきによる実生では変化が起きる。つまり、花には他の様々な梅の花粉も受粉する。そして同じ種族故に拒まない。できた梅の実には様々な梅の遺伝子が入り込み、発芽して育つうちにその特徴が顕われてくる。こうして梅の品種は増える。  飛梅は、御祭神菅原道真公の死後、京都の旧私邸の庭より一夜にして墓所である大宰府へ飛び移ったという伝説の梅で、現在も大宰府天満宮社殿前にあり、御祭神の御霊を和ませている。それを接ぎ木して京都の北野天満宮へ植樹。さらに接ぎ木で増やし全国の天満宮、菅原神社などへ。当社も北野天満宮よりいただいたものが境内の旧社殿前右側にある。そして今回、当社名誉宮司(父)が接ぎ木した飛梅が旧社殿前左側に。そのために移された真榊は迷惑だったかもしれないが、めでたく飛梅が一対になった。一方飛梅の実から発芽して育った飛梅亜種は、たった5年余りで3mに成長し幹も直径7~8センチ。昨年あたりから開花するようになったが、花の数が多いのと白の八重咲きであることは飛梅の特徴を保持。ただし、新たな性質として、①開花が境内のどの梅よりも早い。②花が小柄で花弁が薄い。③成長が早い。この3つが目立っている。特に開花時期が最も早いのは境内の梅にはない冬至梅(とうじうめ)系の特徴。では近所のどの梅かとつきとめるにも、大気中には盆栽の花粉も飛んでいるのだから特定は不可能。そもそも遠い近いもわからない。こうして実生による株は新品種となり、つまり私が命名しても差し支えはない。ただしその特徴を守っていこうとするならば接ぎ木をしていかなくてはならないから面倒だし、梅も望んでいるとは思えない。それ以前に名前なんて梅には関係ないのだろう。
すべての動植物はスピードこそ違うが、ひたすらミックスされていく。人間も例外ではない。それが自然。だから、極論と言われるかもしれないが、長い長い時をかけて人間も自然にミックスされていき、やがて地球上が一つの人種になって言葉も共有できたなら今ほど争わず対話できるはず。同じ種の生物が殺し合う愚かな行為もなくなるはず。そのためには環境を守り、改善し、地球を長生きさせなければならないと、より多くの人が意識して生活することが大切だと思う。紛争中の国民に言わせれば、平和ボケのぬるい島国ならではの考えと笑うだろう。それでも、かつて我が国が刻んだ愚かな殺し合いの歴史があればこそ、紛争は普通ではないんだと気づいてほしい。地球上すべてに平和が訪れた時、梅たちは慈しんでもらえてるだろうか。それとも、地球上に生物はもう・・・。

(タウンニュース町田・相模原版 コラム掲載日 2015/8/20)

梅便り 平成30戊戌歳睦月18日

三が日は天候にも恵まれて大勢の参詣者においでいただきました。おおよそ4万人の崇敬者が訪れて、御祭神菅原道真公をはじめ大綱・日枝の併祭神、また摂社にいらっしゃる神様たちもさぞお喜びになられたことと思います。空前の御朱印流行で若者の参拝者も増えたことは喜ばしいことですが、名誉の負傷とも言いましょうか、腱鞘炎と闘いながら、いやごまかしながらの日々です。その対策として、文字もすべて判にしたり、紙に作り置きしたりと、多くの神社が採用しているようですが、当社では今のところは、できる限り筆でその都度書いてさしあげようと思います。ですから、紙でのお渡しもしておりませんので、必ず朱印帳をお持ちください。ただし、松の内などは4名しかいない職員の内の1名(今は私)が終日机に張り付いて、祈願札と御朱印の書入れに終始するため、来訪者にきちんと挨拶もままならない状況になっていますから、これ以上増えたなら何らかの対策を講じざるを得なくなるのかもしれません。

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師走から新年にかけて列島に寒波が覆いかぶさり、各地で異例の大雪に見舞われるなど厳しい冬となっています。当社境内の梅の開花もだいぶ遅いようです。昨日今日と寒さが緩んだせいか、ようやく鹿児島紅と加賀系の早咲きが1輪ずつほころびました。春はゆっくり確実に近づいてきています。

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梅便り 平成29丁酉歳弥生29日

世間が桜の開花でわくわくしてきたこの時期、梅の花は概ね終わって可愛らしい実が膨らみ始めています。手水舎裏の塒出錦はひと花で二~三個の実をつけます。花ひとつに雌しべが1本というわけではないようです。毎年たくさんのライスボール型の実をつけますが、渋味が強くて利用はできません。

草木便り 平成29丁酉歳弥生28日

関東山間部や箱根、富士などは四月も間近なのに時ならぬ降雪に見舞われ、このあたりも三月下旬とは思えないくらいの冷たい雨が降ったり、今年は春を出し惜しみされているように感じます。栃木県の那須では高校生が表層雪崩に巻き込まれ、尊い命が奪われる事故が起こりました。亡くなられた教員と若者たち、そのご家族には深くお悔やみ申し上げます。

春を待ちきれない様子のヒメスミレが楠木、梅、石灯籠の足下に張り付くように咲いています。端っこが好きなわけではなく、人や車につぶされない場所でしか根付くことができない草たちは、それでも安全な場所に根を張って一生懸命生きています。

草木便り 平成29丁酉歳弥生20日 箱根空木の憂鬱

桜もいよいよ開花の予報日が迫り、待ち焦がれた春本番です。小さな富士桜が1本しかない当社境内ですが、枯れ木のように眠っていた木々の新芽が水瑞しく吹きだして春を知らせてくれます。3年前に鳥居前の階段脇に植えた箱根空木(ハコネウツギ)も目覚めたように芽吹き始めました。ただし残念なのは、紅白の花が咲き分けて美しいコントラストを魅せるハコネウツギですが、東北出身のかたがタニウツギと間違えてしまうことです。タニウツギは全体が薄紫で、東北、特に山形県地方ではお葬式で骨拾いに使う箸の素材にしたりするため、墓地に植えられるウツギで、別名「葬式花」や「死人花」と呼ばれるそうです。遠くから見ると当社のハコネウツギがタニウツギに見えてしまうのか、それともその類のウツギを一括りで縁起が悪いとしているのか、勘違いから境内にふさわしくないと言ってくださる方もいらっしゃいます。私の好きな花ですから、よくご覧になって愛でていただきたいものです。

梅便り 平成29年丁酉歳睦月19日

蠟梅は概ね例年通り咲いていますが、梅は季節の変化に敏感なようです。当社には10種類ほどの梅がありますが、今年は1月初旬の温かさで開花が2週間近く早まってしまっています。蠟梅と梅の花が咲き揃うのは初めてではないでしょうか。
当社には2種類の「思いのまま」があります。一つは鳥居脇にあり、まだ植えて数年です。これは市販されている思いのままという品種で、花は八重で一輪すべてが紅梅や白梅だったり、白梅の花弁が一部だけ赤かったりと、色のさしかたが様々です。この梅は遅咲きで、2月初旬頃に咲くと思います。
もう1株は植えて数十年を経て老木になりつつある思いのままで当社の故実による命名です。近隣の信仰者より奉納された時には紅白に咲き分けていましたので、この梅をオリジナルの絵馬にデザインしました。ところが、奉納者が高齢になり参拝もままならなくなるにつれ、不思議なことに咲き分けの色が次第に薄くなっていきました。今は当時の咲き分けの名残が少し観られるくらいです。わずかな色合いの違いがわかるでしょうか。

蠟梅

思いのまま(故実)

草木便り 卯月17日

東北の震災からまる5年が過ぎ、もどかしいほどに復興は進んでいません。支援のために販売している日待ち梅もあとわずか。完売したら残りの30万円を陸前高田市に送ろうと考えていましたが、やはりまる5年を迎えた3月は好調に売れましたが、それもなかなか長続きせず、とりあえず20万円を送金しようと思います。

当社では次なる支援を模索中でした。国内でも続けている人が少ない「馬搬(ばはん)」という職種があります。岩手県で切られた間伐材を単純なものに加工して販売しようかと思案しておりました。ところが、今度は熊本で大地震。日本は自然災害のテンポが早過ぎます。日待ち梅は東北のためのものですから継続しますが、熊本へも心が向かうのは仕方のないことです。ハード面の東北の復興状況はまだ3割程度。故郷から離れて戻れない人は20万人。すぐに熊本へ心をチェンジすることなんてできませんよね。

明け方からの強風と雨は台風並みでした。菊桃が盛期でしたが花弁はかなり叩き落されています。自然は情け無用です。

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草木便り 弥生20日

今年もヒメスミレがもう咲いていました。境内の外灯の土台に貼りつくように。石灯籠の足元や楠木の根の端にもあります。スミレ属は種を遠くへはじき飛ばして仲間を増やしますが、境内は玉砂利が敷き詰められている上に人や車が通ります。硬く押し固められた所に種は入り込めません。たとえ発芽できてもすぐに潰されてしまいます。だから、人や車に潰されず、土が硬くならない石やコンクリートの縁でたくましく花を咲かせます。小型のスミレになったのは、潰されないように、見つからないように進化した結果かもしれません。

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