梅便り 令和6年睦月15日

3000年周期の地殻変動が正月元旦に起こるなんて、自然とは時に残酷過ぎます。私も平成28年に氏子旅行で能登半島の神社や観光地を巡りました。金沢、兼六園、白山比め神社、気多大社、塩田、白米千枚田、輪島朝市、珠洲、射水神社、氷見漁港など、訪れたほとんどが被災してしまいました。能登・新潟地方の早期復興を祈るばかりです。
早咲きの梅がほころび始めています。すぐ近くでは蝋梅も競うように咲いていて、2月の旧七草の頃には温かい日も増えてくるでしょうか。どこよりもまず被災地の厳しい冬が早く終わってくれるとありがたいです。

 

梅便り 令和5年弥生23日

桜が満開を迎える頃、梅は花が枯れると産毛に覆われた実を育んでいます。追いかけてくる新緑に紛れるのももうすぐです。WBCの報道に紛れるように、まるでこっそりウクライナを訪問した首相。注目度が低いタイミングでの訪問は、岸田首相らしくないと感じました。花見宴会も解禁されましたが、日本は浮かれてて大丈夫なのでしょうか。なんだかもやもやします。

梅便り 令和5年弥生8日

とうとう桜の開花予想の話題が出るようになりましたから、梅の季節は終わりが近づいています。満開になっているのは鳥居脇の「思いのまま」と御祭神縁の「飛梅」。社殿脇には5分咲きくらいの「満月枝垂れ」。ようやく咲き始めたのは「楊貴妃」です。梅ではなくミズキ科ですが、出世稲荷社脇の「山茱萸」も満開です。冬と春を繋ぐように咲いてくれる梅や山茱萸に感謝です。

梅便り 令和5年弥生2日

花粉症には辛い日々ですが、すっかり春の陽気になってきました。豊後性のふっくらした花が開きはじめて、飛梅も見頃を迎えています。梅の花期はいよいよ終盤です。

梅便り 令和5年弥生1日

今日は骨董市が開かれています。人出はコロナ前に比べるとまだ少なめです。旧社殿前の飛梅(とびうめ)が見頃になってきました。

梅便り 令和5年如月19日

暖かな今日、早咲きの梅を散らす風は春一番でしょうか。次々に梅が見頃となってまいりました。ウクライナ、トルコ、シリアの人々にも花を愛でる春は来てくれるでしょうか。

梅便り 令和5年如月12日

巷では様々なニュースが飛び交っています。2万人を超える死者のトルコの大地震、フィリピン入管施設を拠点とした詐欺・窃盗・強盗殺人の組織、マスクを外すか否か、ガーシー議員の懲罰・・・。それに流されているとコロナの分類の件やら、旧統一教会の件やらがフェイドアウトしていくかのようです。私はこれをメディア病と呼びます。日常がリアルタイムの報道に無意識に支配されてしまう傾向のことです。もっと広い目を以て過ごすよう努めていかなくてはいけませんね。
境内の梅が次々と見頃になりつつあります。八重咲で小型の「蝶の羽重ね」が開きました。また、一昨年幹を半分にした「鹿児島紅」も負けじと吹き出したひこばえに濃い赤の花をつけました。本来は早咲きの種類ですが、荒療治で本調子ではないようです。数年先には賑やかな枝ぶりにもどるでしょう。

梅便り 令和5年如月11日

天気予報は大騒ぎの大雪警報でしたが、それほどでもなく澄んでやれやれでした。今日は暖かな陽気で、梅の花をついばむメジロがはしゃいでいるように見えます。参集殿前の思いのままが見頃になってきました。

梅便り 其の三 睦月24日

明日はもう初天神。最強寒波が今夜東京にも雪を降らせるかもしれないと、天気予報は注意を呼び掛けています。地球温暖化が進む中、ちゃんと厳しい冬が来ることは安心なのかもしれませんが、わずかな雪でも大混乱する関東沿岸部は、やはり身構えてしまいます。
梅がそろそろ開き始めていますが、まだまだちらほら数えるほどです。やはり見頃になるのは二月中旬頃でしょうか。蜜が大好きなメジロたちも待ち遠しいことでしょう。

草木便り 令和4年弥生16日

梅の楊貴妃とひなあられが満開になる頃、出世稲荷脇の山茱萸(さんしゅゆ)もしたたかに満開。当社境内の山茱萸は本来の樹形とはかなり違います。普通なら根元からてっぺんにかけての幹に枝をたくさん伸ばして天を目指すからイメージとしては図のような形になります。ところが、当社境内の山茱萸はキノコ型です。これには境内ならではの理由があります。九月の例大祭や毎月1日の骨董市など、多くの出店がある境内では、この山茱萸だけでなく、梅も露店の設営に邪魔にならないよう下枝をまめに伐ります。そして上を目指す枝は手入れができなくなるためカットし、横向きの枝を残します。かくして山茱萸は幹から枝を伸ばすのを諦め、キノコ型で生きることになってしまいました。